焼き畑

気がついたら焼け野原

読書感想文:蒼井上鷹『4ページミステリー』

はじめに

 本を読む。
 忘れる。
 その繰り返し。

 本、特にミステリ小説が好きでよく読む。読書後は「面白かったなー」と満足するのだけど、それを人におすすめするとき、「どんな内容なの?」と訊かれると言葉に詰まる。面白かった、という読後感だけははっきり覚えているのに、内容については全然覚えていない。あらすじも、登場人物も、犯人やトリックも。

 それはそれで、得だ。ミステリを読むには省エネな作りをしている。
 だけどやっぱり、もったいないな、と思う。せっかく読んだのに。
 読書して何も残らないなんて、虚しい。そんなの時間の浪費じゃないか。時間は有限なのに。

 なので、記録をつける。
 読書感想文だ。

 というわけで、昔読んだ、けど内容を忘れている本を片っ端から――は無理なので、気になったやつを拾い読みして、感想をつけていくことにする。
 なお、私の本棚には著者が五十音順になるように本がならべられている。必然的に、再読も著者の五十音順になる予定である。

読んだ本

こんなにしっかりしたアイディアを原稿用紙五枚ぽっちにしちゃうなんてもったいない! と内外から言われ続ける、『小説推理』の名物連載「2000字ミステリー」。でも、短いからこその、この面白さ!? 5年も続く当連載をギュッとまとめたこの1冊で、ぜひともお確かめを。オール4ページ、全部で60本!冒頭の「最後のメッセージ」は本格ミステリ作家クラブ編のアンソロジーにも収録された上作。これはオイシイ!!

(裏表紙より引用)

私が持ってる本と、Amazonの表紙画像が全然違うので首を捻ったが、中身を試し読みしてみたら同じものでした。

以下、ネタバレ注意

感想

雑感

個人的面白かった度:4
※10段階評価

 裏表紙の内容紹介のとおり、4ページのショートショート的ミステリを60本まとめたもの。  看板に嘘偽りなく、マジで全てきっかり4ページで完結するので、スキマ時間にちょっと読みたい、みたいな場合はうってつけ。おつまみ感覚でサクサクつまめる。

 が、真面目に面白さを語ろうとすると、やはり4ページでミステリを作り上げるのは難しく、設定をうまく練り込もうとして失敗してるもの、奇を衒って煙に撒こうとしているものが多く感じられた。面白いのは確かに面白いのだけど。

 以下、各作品ごとの細かな雑感を記載する。「『』」の中がタイトル、後ろの星は5段階の個人的おもしろさの度合い。☆が多いほど私が面白いと感じている。また、あくまで本書内での相対的な評価であり、絶対的な評価ではないので注意。

1. 『最後のメッセージ』☆☆☆☆☆

 個人的には本作4ページミステリーの代表格。
 ストーカーの存在が見事にオチの伏線になっているのが鮮やかで、解決が気持ちいい。また、葵の悩みの種だったはずのストーカーが結果的に真犯人の嘘を暴くという構図も洒脱。
 不満点は、犯人の動機がわからないこと。ここまででかいリスクを背負ってまで、自分がプロデュースした売れっ子作家を殺すメリットってあったんだろうか……。事細かに動機を描こうとするととても4ページには収まらないということかもしれないが。
 本格ミステリ作家クラブ編アンソロジーにも収録された、と書いてありますが、それってすごいんですかね?(無知)

2. 『ロック・オン』☆☆☆☆☆

 意味が分かると怖い、叙述トリックもの。
 最初読んだ時は、違和感、「何かしらのミスリードを作者に仕掛けられてるぞ」という異物感を感じはしたものの、具体的にどこがミスリードになっていたのかいまいちピンと来なくて、三度ほど読み返してしまった(簡単に読み返せる・読み返す気にさせるのは4ページミステリならではですね)。
 やっと意味がわかったときには、ああ、なるほどね、と叙述トリック特有のちょっとしたカタルシスがあった。確かに読み返すと、台詞は多々あれど、一つとして「おれ」が喋ったと明記はされていない。それでいて不自然なところもない。お見事。主語を省いても成立する日本語ならではの叙述トリックという感じ。
 ただ、上述の通り、「読み違えたっぽいのだけど、何を読み違えたのかわからない」という状態で二回目、三回目を読まされたので、短い作品とはいえ若干のフラストレーションがなかったわけではない。良質な叙述トリックは、オチを見せられた瞬間に「え? あ、そういうこと? あーよく見たらちゃんと書いてあるじゃん! こんなの見過ごすなんて! くっそー! やられた!」と膝を叩くものであって欲しい、個人的に。そういう点で、あともうちょっとネタばらしのシーンの魅せ方を工夫ができなかったかな、と思う。

3. 『唯一の目撃者』☆☆☆☆★

 男が自殺しようとするが失敗。それで済めば良かったが、運悪くその瞬間を向かいのマンションに住む女性に目撃され、あまつさえそれを笑われてしまう。それに男はカッとなるが、次の瞬間、男は、その女性が他の男に殺されるのを目撃してしまう(ややこしいな)。
 4ページで綺麗にまとまっていて、無駄がないので好き。唯一の目撃者、というタイトルがダブルミーニングになっているのも上手い。
 ただ、最初のやり取りでなんとなくどういうオチになるかが読めてしまったので、ワクワク感が少なかったのが残念。

4.『まちぶせ』☆★★★★

 中川通りと銀杏通り。気分によって通る道を変えていたという女性は、中川通りで待ち伏せしていた男に殺された。直前まで銀杏通りを通ろうとしていたのに、急に帰る通りを変更したのだ。なぜ?  個人的には今ひとつ面白さのわからない話。オチを読んでも、ふーんまあそりゃそうだろう、としか。何だろう、何か要素を見落としている?

5.『あなたの笑顔が好き』☆☆☆☆★

 笑顔が自慢の男だったが、数多くの女を口説き落としているため男女関係のトラブルが絶えない。そしてついに痴情のもつれから、とある女性に包丁で刺されてしまう。男は、人生自体に未練はなかったが、ただ一つ、とある秘密を抱えていることを気がかりに思った。それが世に出るような死に方だけは許されない。男の最期の行動とは。
 この手のオチは大好きなので、この話も好き。
 最初、男の行動の意味がわからなかったのだけど、入れ歯はトイレに流して証拠隠滅(しようとして失敗)、入れ歯がなくなった自分の顔は吹っ飛ばすことによってそれをわからなくした、ってことなんですね。入れ歯をトイレに流してどうにかできる、って考えがちょっと理解できなかったけど、かといって間もなく命が尽きるであろう男が取れる行動はそれくらいしかないからまあ妥当か。
 「トイレに行って用を済ませた」のミスリーディングは地味に好き。文字通りである。

6.『2009年6月のある日』☆☆★★★

 公園で中年男の死体が見つかった。顔にしっかりマスクをしているものの、下半身はパンツ一枚しか履いていなかった。新型インフルエンザの流行によりマスクが品薄になり、「マスク狩り」と呼ばれる、マスクをつけた人を狙った通り魔事件が流行しており、これもその通り魔によるものかと思われたが……。  色々と無理がありそうな話の展開。遺体の身元確認って、そりゃ遺留品も身元を割り出すための証拠品として扱うだろうけど、警察がそれだけを根拠に身元を断定はしないだろう(と私は思うんだけど実際のところどうなんだろう?) ズボンのサイズがたまたま違ったおかげで、遺体は遺留品の所有者である臼井とは別人だと判明するけど、逆に言えば一致してたら遺体は臼井として処理されてたって話? いくらなんでもその身元確認はずさんすぎないか?
 それにしても未知の感染症が大流行してマスクが品薄……どこかで聞いた話ですねえ。予言か?

7.『PK戦』☆☆★★★

 義父の一周忌を来月に控えたある日曜日、彩とその夫は今日も公園へ向かう。その行動を始めてから一ヶ月。そろそろ「あの母子」と顔を合わせてもいい頃だが、はたして。
 60本の作品の中でときどき混ざっている、他と毛色が違う、ちょっといい話系の作品。
 作品の方向性としては嫌いではないのだけど、いかんせん登場人物の行動がちょっとお粗末というか、共感しづらいというか、もっとやりようなかったのかというツッコミを抑えきれなくて、両手放しで褒めきれないのがつらい。

 もし仮に義父の死因が怪我なら、つまりその子供にぶつかって転んで怪我をしたことにより亡くなってしまったのなら、話はまだわかる。それならば、義父の遺族である彩と夫が、「子供にそれをその通りに伝えるのはショックが大きすぎる」と思い、「元気になったよ」というメッセージをそれとなく伝えるようにした、という理論は極めて自然だ。
 しかし、実際のところの義父の死因は怪我ではなく、怪我が完治した後の病気である。子供に負わされた怪我とは関係ない。
 であれば、やっぱりシンプルに考えて、夫婦が気に病む話ではない気がする。
 直接その通りに伝えればいいと思うし、伝える以外の選択肢がないと思う。それを伝えられた母子だって(人が死んだという部分でショックは受けるかもしれないが)特別気を揉む話には感じない。「それが正しく伝わらないのではないか」というのが悩みどころなのは分かってはいるのだけど、なんというか、冷たい言い方になってしまうが、嘘を吐くことによって故意に相手に不利益を与えるのでないのであれば、言葉を受け取った相手がどう勘違いして深読みして結果的に不利益(この場合は精神的なショック)を受ける結果になろうが、それは相手の責任なんじゃないの、と思ってしまうのだ。最後まで読んでも「確かに悩ましいな、なんとかしたいな」という夫婦に対する共感が、ついぞ私の中に出来上がらなかった。
「下手な説明をして、あの子がケガをさせたせいで死んだのだと責めているように取られるのも困る」「彩たちの気持ちを母子に的確に伝えることは、無口な夫の手に余った」「彼の影響か、彩もここ数年間ですっかり口下手になっている」とあるが、やっぱりそれを考慮してもやり方はあると思ってしまうのだ。何もぶっつけ本番で、一発で適切な言葉を選んで会話しろと言ってるわけではない、会話が苦手なら時間をかけて文章にしたためたりする方法だってあるし、それさえ苦手なら知り合いに添削でもしてもらえばいい。時間はいくらでもあるし、よく分からん芝居を続けるよりはよっぽど的確で早い。
 そして、ここまで大掛かりなことをしておいて「で、この後どうすんのよ?」という気持ちも拭えない。
 「不器用な二人なりのメッセージ」だけならいい。大変なのは本人たちだけだし、話の方向性だけ見るならばなんだかんだ言っても私の好きなテーマである。でもこの場合、「なんとなくいい話で終わってるけどよくよく考えると話は別に収束していないよね」というのがタチが悪い。
 彩と夫は、母子に余計な心配させまいと一芝居打っているが、それが成功して「はい、母子に元気な義父の姿を見せました、めでたしめでたし」ってなった後、その習慣をきっぱりやめちゃったら、結局「あのおじいさん最近見ないけどどうしたんだろ?」ってならないだろうか? ここまで気を回しておいて、それ以降のことに対しては無頓着、というのは言動がちぐはぐな感じがする。そしてその母子の疑問を解消するには、やっぱり同じことを、母子が公園に来る可能性がある限り延々と続けなきゃいけない。本当にそんなことずっと続けるつもりなのだろうか、この夫婦は? それとも、「一回元気な姿を見せたから、怪我で死んだと思われることはないだろう。姿が見えなくなったらやっぱり死んだと思われるだろうけど、怪我と結び付けられさえしなければどうだって別にいいや」ってことか? それはこの夫婦の性格からして違和感がある。ここまで死というものを母子から遠ざけようとしておきながら、原因があのときの怪我だと誤解されなきゃそれでいいと?  うーん、ごちゃごちゃ考えると、最善手はやっぱり手紙か、多少難しくても直接、きちんと説明する以外にない気がしてしまう。
 いい話系は、登場人物の言動に共感できないとダメだなあ、と痛感。

8.『疫病神の帰宅』☆★★★★

 よくわからん、の一言に尽きる話。
 何らかの叙述トリックのような、あるいは単純に不可思議な話のような。
 「おれ」こと「光太郎」は結局何者? 疫病神と罵られたり、そこにいるのに認識されなかったり。でもかつては「母」の長男として実在した人物ではあるらしいというのが謎。人が死んで疫病神になる? そんなエピソード、聞いたことないが……。
 仮に光太郎が最初から実在しない存在で(長男であるかのように扱われているように見えたのはミスリード)、その正体は本物の疫病神であり、それゆえ皆から見えなかったのだ……とすると一応の辻褄は合うかもしれないが、話としては「それが何?」で終わってしまう。

9.『深夜の客』☆☆★★★

 まあ、そんなオチだろうな、という感じの話。ひねりがなく(というよりも、もしこのシチュエーションをぽんと手渡されて、「続き書いて」と依頼されたら、大抵の人間はこういうオチにするだろうな、というひねり方で)面白みにかけた。
 そも、一桑が嘘の電話してくるシチュエーションがよくわからん。こっちから電話かけたら何やら様子がおかしいぞ、っていうのならともかく。思い詰めたからってそんな電話かけてくるかね?

10.『被害者は意識不明』☆☆☆☆☆

 犯人のしかけたトリックが、うまく行ったと見せかけて、被害者の最期のとっさの判断により結局犯人は追い詰められることになる、という二転する結末が逸脱な話。こういうテンポの良さは掌編ならではといった感じでとても好き。

11.『耳に残るあのメロディ』☆☆★★★

 成人したばかりの男が、叔父に、父親が語った自分の出生の秘密を語る話。父親が語るには、とある日の過ちによって男の母親(叔父の姉)は男を身籠ることになったらしいが、それはとある曲のせいだという。だがその曲の持つ本当の意味を叔父たち姉弟は知っていた。
 『まちぶせ』『疫病神の帰宅』に続き、読み終わった後で、「だから何?」と思ってしまう系の話。  正直、その曲の真相を男に教えようが教えまいが、不思議な縁だなあで終わってしまいそうな。まあ、そういう奇妙な縁もあるのかな、ってオチなのかもしれないが、その割に妙に不穏な雰囲気を漂わせて話を終わらせている。別に特段後味悪くなんてないのでは、と思ってしまうのは少しドライに過ぎるのだろうか。
 どういうifの分岐を辿って来ようが、結果論として結局男は生まれたんだし、その誕生に対して周りがどういう意味性を付与しようが当の本人には関係ないと思う。そのせいで妙に母親や父親に疎まれ、男がそれをずっと気にしていたりしたのだったら、また話は別だが。

12.『冷たい水が背筋に』☆☆☆☆★

 倒錯した犯行理由が面白い。
 「女なら誰でも、私と同じようなことをする」かどうかはともかく、一見すると矛盾するような意味不明な言動も、本人のポリシーによっては普通にしちゃうことあるよね。むしろ、そういう矛盾を孕んだ行為にこそ人間性を感じることが多い。
 普通のミステリだと、あまりに変な犯行理由だと説得力が薄くて採用されないだろうなと思うので、こういう超ショートな作品ならではという犯行動機。新鮮。

13.『アレアレ』☆☆★★★

 高校の頃のクラス名簿を使って振り込め詐欺を仕掛ける男の話。
 次々に電話をかけては運悪く失敗するテンポの良さがコミカルで面白い。ただ、最後のオチがよくわからん。偽札を葉蔵が作ってたってことなんだろうけど、それを母親も知ってるのか? 家族ぐるみの犯行? いまいちこの内容だけでは説明しきれていない感がある。

14. 『キレイでなくてもいいから』☆☆☆☆★

 似てないと思っていた娘と父親の顔が、回り回って結局似てるってことになるのは、面白いというやら人生は残酷というやら。最初に出てきた白骨死体が実は……というオチもキレイだし、それを読者に悟らせるのが母親の独り言というのも洒脱。登場人物たちの心情は複雑かもしれないけど。

15. 『オレンジの種二つ』☆☆★★★

 意味がわかると怖い話……だと思う。自信ないけど。
 おそらく、武は「彼女」を殺し調理して少しずつ食べている、ということだろうというのは話の流れから推察できるのだけど、それをはっきりと示唆できるものがないので、推理ものというよりもホラーの趣が強い。この本、ミステリのはずなんですけど……。
 タイトルもなぜそこを切り出したのか、謎。

16.『こんなやつ知らない』☆☆★★★

 なんとなくそんなオチにはなりそうかなと予感はしてたので驚きは少ない。
 怪しい男が、別人が成りすましている偽物だという証拠が、「実は釜脇が女」「退職理由は交通事故」など、絶対に本人なら間違いようがないもので固めているのは鮮やかで見事。
 証拠を残さないつもりでカメラを操作したのが逆に決め手になるところとかも上手いなあと思う。
 しかし、写真まで見せてるのに最後まで女と気づけないのはおかしいとか、なんで知ったふうに「そんな度胸のある男だったのか」と迂闊なことを呟いちゃうのかとか、不自然な箇所がそれ以上に多い。加えて、じゃあ偽物っていったい誰なのよ、何のために男は成りすましてたのよ、そもそも偽物なら何で取材に応じたのよ、と謎を色々と残したまま終わるのが釈然としない。こいつが実は真犯人でした、っていうオチが話的には綺麗だが、根拠がないしなおさら言動に不自然さが募ってしまう。そもそも、男は確かに怪しいが、釜脇が犯人っていう点に関しては最後まで否定する要素が出てきてない。
 じゃ、こいつはなんなんだよ。単なる空き巣? いや空き巣がしゃしゃり出てきて訪問者の応対すんなよ、仮に訪問しにきたのが山田先生の知り合いなら顔見られれば一発アウトだよ。考えれば考えるほど、こいつがわざわざ応対に出てきたメリットが皆無。
 というか、「おれ」が最初から「私は山田先生の知り合いなので、あなたが山田先生じゃないことはわかります。山田先生を騙るあなたは誰ですか」って訊くだけで一瞬で終わる話なんだけど、なんで腹の探り合いみたいになってるんだ? 泳がせて情報を探り出そうとしたのか? でも偽物が山田先生の家に居座ってるなんて知ってるはずもないし、とっさの機転を利かせたのか? 頭の回転早すぎないか?
 そして警部に電話するシーン。下っ端捜査員とかでもない、一介の新聞記者の主人公が警部直通のホットライン持ってるのはなんでなんだ? 「先日はどうも」って言ってるけど、「先日」に何があったんだよ。少なくとも「先日」も事件に遭遇して警察に厄介になってない限り、警察に対して「先日はどうも」っていう台詞は出てこない。
 あとついでに言えば、何年も前の生徒を絶対覚えてる確証はないんじゃないかな。どんなに印象に残ったつもりでも、案外見られてなかったりするもんだよ。「おれ」が十五年前何をやったか知らないけどさ。そこら辺語られないのも「おれの顔を忘れるわけがない」に重みが出ないよなあ。
 タイトルは、偽山田から見た釜脇のことと、「おれ」から見た偽山田先生のことのダブルミーニングだろう。偽山田から見た「おれ」も含めるとトリプルミーニング。そこだけはとても上手い。

17.『見舞い』☆★★★★

 『PK戦』に続いて、ちょっと良い感じで終わる話。
 『PK戦』もそうだったが、良い感じな展開を演出するための周りくどさが引っかかる。
 まず前提としてはっきりさせたいのだが、隠していたのは「親父の余命のこと」だけで、「結婚を認めてもらうために一芝居打った」というのは本当のことと思っているが、間違いないだろうか?
 また、次郎の怪我は嘘のようだが、四方太の怪我は本当か? 結婚相手の甲斐甲斐しさを見せつけるためにわざと怪我をしたのか? あるいは怪我をしたこと自体は意図的ではなく本当で、せっかくだから結婚相手が働いている病院に入院しよう、これを利用して父親に、結婚相手はこんなに結婚に相応しい素晴らしい女性なんだよってアピールしとこう、ってことか? いや違うのか? 怪我は本当だけど、入院したのは芝居? 怪我したこと自体芝居なのか? どこまでが芝居でどこまでが本当のことなんだこれ。
 怪我も事故も入院も全部芝居だったとしたら、そんな入院患者はいないのだから入院中に父親が見舞いにきたら受付で「そんな患者いません」って言われてぽかーんってなるでしょ。
 そもそも芝居だとして、そんな茶番に病院側が協力するのか? 怪我でもないのに部屋やベッドや看護師などの貴重なリソースをこんな茶番のために割くというのは無理がある。
 そもそも、四方太の怪我が本当だとして運ばれてきた人が任意で入院先の病院選べるのか?
 そして、次郎がそこにいる意味がわからん。素直に文面通りに受け取ると、父の前で四方太が次郎に対して「次郎も父親も式に出る」という言質をとったというふうに読み取れるし、実際父親も内心でそういう解釈をして納得しているっぽいけど、父親視点が終わったら打って変わって次郎は「おれはもう会えない」って言ってるんだよね。結婚式にはやっぱり出ないよ、って言っているのか、それとも結婚式は二ヶ月以内には行われない(その頃には父親は亡くなっている)ということになっているのか。後者だとしたら、多少予定を早めてでも父親が生きてるうちにやろうと思わないのだろうか。早すぎたらそれはそれで、急いてる理由が父親に悟られるから、できないってことなのかな。
 語りたい状況設定に持っていくための設定が力技すぎてなんだかなあ、といった感じ。

18.『あぶり出しのDM』☆★★★★

 シチュエーションは面白そうだし、一回犯人が分かりそうに見えて別の人間が犯人っていう展開も好きなんだけど、いかんせんその状況を作り上げるのに色々なものを犠牲にしてる感が否めない。
 まず、賢治はこれ、不可抗力とはいえ美弥に毒入りみかんを食べさせたのは自分だけど、犯人だと思われたくないから、それを隠した上、自分は当時部屋にもいなかったと嘘を吐いたってことだよね? さらに捜査を撹乱するためにDMもこしらえたってことだよね? まるで名探偵みたいにドヤ顔で勝ち誇ってるけど、それ普通に犯罪でしょうよ。何捜査を妨害してんだ。
 動機……は書かれていないけど推察するに、好きだった女性を取られた腹いせに賢治を殺そうとしたってことかな、って思うけど、それだったらなぜミカンに毒を入れるなんて方法を取ったんだろう。というかどこで入手した毒なんだろう。普通に毒って入手経路から足がつく可能性が高いらしいし、仮にもし計画通り賢治が死んだとしてこの方法で殺すメリットなくない? あるとしたら、仕込んだ毒入りみかんをターゲットが食べるタイミングが予測できない=アリバイ工作が楽? そもそもどうやって部屋に箱で置いてあるミカンに毒を仕込んだんだ? 狙い通りに賢治が死んでも、自分の想い人である美弥が高確率で一緒にいるだろうから、警察の疑いの目がそっちに向くけど……むしろこの時点ではもう美弥への恋は冷めていて、賢治と同様に憎悪の対象で、美弥が犯人扱いされてほしかった?
 ここら辺の、ミカンに毒を入れて殺す、という手段の正当性や実現可能性がいっさい考慮されていないように見えてしまいミステリとしては片手落ち感が強い。

19.『ミニモスは見ていた』☆☆☆☆★

 ショート作品らしい、シンプルな構図と切れ味の鋭いオチ。
 ただ、「この手のお店」で女として出てきた店員が実は男性って、そんなこと現実にあるのだろうか? 「そういう人」が接客するお店といえば、いわゆるオカマバーとかだと思うが、そういうのは店名や店の雰囲気から察せそうなものだけど。三ヶ月も通っているのだからなおさら。
 仮にお店がそういうことを隠している、つまり普通のキャバクラ的なお店として営業してるが、見た目と性別が一致してないニューハーフ的な人を雇って接客させるって法律的にOKなんだろうか。

20.『においます?』☆☆☆★★

 伏線も丁寧でキレイなオチにまとまっているけど、それだけに流石に見え見え感が強い。
 まあ、そういうオチになりますよねって。

21.『清潔で明るい食卓』☆☆★★★

 まあこれもなんとなくどういうオチになるか読めるよね。
 ただ『あぶり出しのDM』に続いてやっぱり気になるのは、なぜ毒で殺そうとするのか、という点。『あぶりだしのDM』はまだ美弥に疑いの目を向けさせるなり、食べるタイミングが分からないから混入のタイミングが特定困難になるなり、メリットは考えれば思いついたけど、これについては本当に思いつかない。警察がどう捜査しても犯人は「妻」以外にありえないし、動機が弁護士と共謀して株をどうにかする(株は詳しくないからよくわかってない)ことだったとしても、殺人犯とバレたら入ってくるものも入って来なくなるでしょう。
 それとも、検出が難しい、例えばごく少量のヒ素的なものをギネスに毎日ちょっとずつ混ぜて殺そうとしている? それだと確かに過去に「メル」と一緒に、徐々に内臓を蝕まれていったことがあるという描写と辻褄があうが、今度はこの日に限って急に大量に吐いたメルの描写と辻褄が合わなくなる。溜まり溜まった毒が、たまたま今回臨界点を超えたってことなのだろうか。メルは、毒だけでなく酒自体もドクターストップかかるくらい体がボロボロだったみたいだし。
 それにしても、妻は、毒を混ぜてることを自覚してるならメルがそれを飲んだ(食べた)タイミングでもっと焦らなきゃダメだろ。メルから毒が検出されたりしたら終わりだし、そもそもペットに対する愛情ないんか。

22.『九杯目には早すぎる』☆☆★★★

 名作ミステリーの名台詞をもじった合言葉を使ってドラッグを取引する現場に踏み込んでしょっぴく話。
 なんでこんな合言葉にしたんだろうね? 「男」は「このバーでドラッグを取引してるらしいという噂を掴んだぞ。決定的な場面になったら踏み込んで一網打尽だ」とマスターたちを張っていた。そしてマスターたちが不自然なワードを口にした際、「これが合言葉か?」と訝しんで会話に割り込んでいき、カマをかけて揺さぶりつつ近くの椅子にさりげなく盗聴器をしかけた。その後「あれは危なかったなあ」などとターゲット達が話し始めたらしめたもの、捜査員が踏み込んでいって捕らえる、というシナリオ。
 ってことは裏を返せば、名作ミステリーのセリフなんて洒落たものを合言葉にしなければ、割り込む隙も与えなかったんじゃないかなって。何考えてたんだ組織のボス。

23.『値段は五千万円』☆★★★★

 誘拐された僕の身代金として要求されたのは、五千万円だった。そんなのケチな父さんが払うはずがないけど……という話。
 これも結局どこに面白さの比重が置かれてるのかよく分からない話。
 最後の「うちに代々伝わる秘伝のメニュー」を何故か知っていた誘拐犯というオチも、それによって何がわかるわけでもないと思う。このオチを見た後で類推するなら、「作品内で言及されてる」「男」「父親の反応や行動を見るに父親の自作自演ではない」という点から辿ると犯人の正体は「おじさん」以外にいないのだが、そもそも「おじさん」が何者なのか全く語られることがないせいで正体判明のカタルシスなぞ皆無である。第一この類推すら「作品内で言及されてるのがおじさんしかいないから」というある種のメタ的な視点からの邪道な推理だし。もっといえばおじさんは、何故「うちで代々伝わる秘伝のメニュー」などと言うような簡単に足がつきそうなものを「僕」に出してしまったのか、その軽率さも謎である。
 タイトルも、五千万という数字が何かの布石として働くかと思いきやそうでもないし。

24.『ワンランク上のやつ』☆☆☆★★

 うーん、読んでて色々ときつい。自分が「私」だったら気が狂いそうだ。どうすりゃええねん。同じ状況に置かれたときのベストな選択は、他人を気にせず自分の好きに生きること、だがそれが自分にできるかどうか。
 常にワンランク上を行く高井に復讐をしようとするも、結局ワンランク下のことしかできないことが仇になり、失敗した上に返り討ちに合ってしまうという自業自得というにはちょっと可哀想な話。主に奥さんが。「私」が死ぬのはしゃーない。人を呪わば……って言うし。
 ミステリーというよりも切れ味鋭いショートショートに近い趣の話。

25.『世界で一つだけの』☆☆★★★

 これも真相がはっきりと明かされず類推するしかない話なので、ちょっと整理する。
 まず、玄関の鍵をゴンがスってしまう。誰のものかは分からないが、中肉中背のサラリーマンの持ち物らしい……とあたりをつけたところでマスターが自分のものだと主張する。
 ところでその玄関の鍵には世界に一つしかないアンモナイトの化石を割ったキーホルダーがついている。男ものとは思えないので、女のものである可能性が高い。ペアの合鍵を恋人同士でもっているのではないか。
 そして、マスターには恋人がいる。自分のものだと主張したキーホルダーと同じものを何故かすでにマスターがもっている。最後、恋人に電話するも、電話には出ない。
 ここから類推するストーリーは以下か?
 まずマスターの語っている推理はほぼ当たっている。つまりある男女がいて、女は部屋の鍵にキーホルダーをつけているんだけど、それが半分に割られている。一方で男はそのキーホルダーを持っていない。男はそのキーホルダーを見て、「女は他の男にもう半分のキーホルダーをつけた合鍵を渡しているに違いない」と思い、怒って女を殺してしまう。そして鍵をうばって逃げる。それでこのバーに来たのだけど、その際にゴンが鍵をスッて盗ってしまう。マスターはその鍵のキーホルダーを見て、自分の恋人のものであることに気づく。つまり殺された女はマスターの恋人で、女はマスターとは別に愛人がいた、あるいは勝手に付き纏われていた。不安になりマスターは恋人に電話したが、出ない。すでに恋人が殺されているから。
 一応筋は通るけど、これだと色々問題がある。
 一番は、マスターが落ち着き払いすぎていること。推理を披露したのはマスターなのだから、つまり恋人は鍵を奪われたことをマスターは気づいていることになる。じゃあ焦って恋人に電話して安否を確かめるべき。表情や言動にでないのもおかしい。あとマスターがなぜ「鍵が自分のものだ」と嘘をついたのかも。
 でもこれ以外に最後の恋人が電話に出ない描写に繋がらないんだよなあ。

26.『私のお気に入り』☆★★★★

 うーん、何これ? そもそもミステリー……なのか?
 允の罰って結局なんなのさ? マゾの性癖をかっこよく言って誤魔化してただけ? なんで今日に限ってカミングアウトしたのかもよく分からん。変な性癖って怖いねってだけの話だろうか。
 疑問が解決してもなお、どこら辺を楽しめばいいのかよく分からない話でもある。

27.『最後の一言』☆★★★★

 だからミステリー……。
 『PK戦』『見舞い』に続く、60編の中に時々まざるいい話系の話。……でいいのかしら? もしかして「殺し屋」っていうのが冗談ではなく、「口軽いんですから」が最後の言葉になった……みたいな不穏なオチではないよね? 流石にそこまでは読み取れないからそうではないことを祈ろう。
 いい話だなーとは思うものの、『PK戦』『見舞い』と比較してもなおのこと謎解き要素が少なく単純な構造ゆえに、何もミステリを銘打ったこの本の中に混ぜなくても……と思ってしまう。逆に考えればミステリを銘打った本に収録されているのだから、裏読みしてやはり不穏なオチと読むのが正解なのか。

28.『ついてない日』☆☆★★★

 私が廃墟と化した商店街を歩いていると、中年女性に助けを求められる。男に追われているらしい。しかし、私はその女性を軽くあしらう。私には女性に助け舟を出せない事情があった。やがて太った若い男がやってきて……。
 「ついてない」のは太った男ではなく「私」だったり、「私」は殺し屋でターゲットは車に乗っていた人物で女性を助けたつもりではなかったり、と意外な事実が次々と判明していくのが面白い。ただミステリかと言われるとやはり微妙。

29.『依頼人はうかつにも』☆☆☆★★

 妻を殺してくれ、と依頼する男。だけど、その依頼した殺し屋は妻本人で――。
 なかなか風変わりなシチュエーションと小気味のいいオチが楽しい話。
 だた、ホームランが打たれず携帯も壊れなかったらどうするつもりなんだろう。この話では結果として「振込先を聞きそびれる」「振り込めないとターゲットの代わりに自分が死ぬ」というシチュエーションが作り出せたから良いが、それは偶然だろう。もし振込先を聞きそびれなかったらお灸を据えるタイミングがない気がするが、そうなったら妻はどうするつもりだったのだろう。嘘の口座を教えて「聞き間違えた」という体にするつもりだった? そして、そのあとはどうするのだろう。夫に自分の職業ばらす? そうでもしないとまた新たに別の殺し屋に依頼しようとするんじゃ……。

30.『車内マナー』☆★★★★

 何が面白いのかよく分からない話。
 たぶんそういう読後感を抱くのは正しくないのだろうけど、正直に言ってしまえば胸糞に感じる。じーじだって自滅な感が強い。
 確かに、梓は色々と迂闊というか、もっと波風立てない行動を取るように心掛けられないものか、とは思うが、特段悪いことはしているようには見えないので、じーじが仮に怪我したり死んだりして、そこまで梓が気にしないといけないことなのかだろうか?って思う。ややドライな目線すぎるかもしれないが。

31.『誰の痛み』☆☆★★★

 娘の雫は繊細で、生き物以外が傷ついてもその痛みを想像して泣いてしまうような子供だった。今日も「ポストのおじちゃん」が傷つき血を流していることにショックを受けて泣きついてきた。
 ネタは嫌いじゃないが、工夫次第でもっと面白くできた気がする話。
 例えば郵便配達夫の噂が本当で実の父親は浮気性のこの配達夫、というのはどうだろう。いや、それを4ページで表現するのかは見当がつかないが。ただ少なくともこんなミステリ映えしそうな設定を、「実はポストのおじちゃんは郵便配達員でしたー」という陳腐なオチのために使ってしまうのはもったいなく感じる。

32.『人間じゃない』☆☆☆☆★

 夫が急な出張でいない隙に、妻「入間(いりま)かよ」は愛人を家に招いて逢瀬を楽しんでいたが、夫が飛行機の欠航により帰ってきて、不倫現場を目撃されてしまう。かよのとった咄嗟の行動は……というお話。
 文字通り「人間とは思えない」ようなゲスい悪知恵を働かせる「かよ」の行動が面白いし、それを上回る夫の「非人間的」所業が面白い。「人間じゃない」の言葉遊びと浅ましい悪知恵で立ち回ろうとする夫婦の腹の探り合いが楽しい掌編。

33.『タイトルの由来』☆☆★★★

 口先ばかり達者で、約束を守れないやつは、死んだ時に舌だけが極楽へ行き体は地獄に落ちる、と子供を諭す父親。だが、その父親は汚職事件の証人として喚問されていて……。
 子供に「嘘は駄目」と教えるくせに、自分が一番嘘つきでした、というオチだと思うのだけど改めて見返すと別に嘘を吐いたとは一言も書いてないんだよな。あくまで汚職事件の証人として呼ばれたってだけで、本人が汚職事件の中心に居たとは書いてないし、汚職事件を起こした際に嘘を吐いたとも書いてないし、なんなら汚職事件が実際にあった、とも書いてないんだよな。ただそういうオチとしか考えられないし(そうでないと話がオチないし)、そう思うよりほかはないのか。うーんなんか微妙……。
 爆弾を仕掛けた、と悪戯で犯行声明を出したのが実は汚職事件の関係者で……という考察は流石に無理があるか。

34.『堕ちるのは誰?』☆☆☆☆☆

 自殺をしようとする元警察官と、それを止めようとする当時一緒に組んでいた警察官……というのは建前で、二人は共謀して、とある事故の真相を明らかにするために別働隊を署内に送り自分たちは陽動のために一芝居打つ……という異色のやり口で不正を暴こうとする話。
 事故というのがなんなのか分からないけど、適当に想像させてこの構図を4ページで上手くまとめているのが見事。オチも好き。
 というか、警察官と、すでに辞めた元警察官のコンビというこの二人が好き。面白い組み合わせだと思う。警察内部は警察官が追って、警察が身動き取れないような場面は元警察官が動く……みたいなコンビのミステリ面白そうじゃありませんこと? ぜひ長編というかシリーズものとして見たい。

35.『ふゆのよばなし』☆★★★★

 ときどき混ざっている「だから何?」という感想が出てきてしまう話。
 おそらく主軸は叙述トリックなんだろうな、と思う。つまり「ここ病院かと思ったら刑務所かよ!」「患者かと思ったら全員囚人かよ!」「名前かと思ったら囚人番号を元にしたあだ名かよ!」という。だけど叙述トリックで面白いのって、ネタが明かされてから「ああ、あれ伏線だったんだ」とか「真相がこうだったなら、このキャラのこの言動も全然意味が変わってくるぞ」とかに気づいて身震いするようなカタルシスに身を預ける瞬間だと思うんだけど、そういうのが一切ないから、ふーん、で終わっちゃう。そりゃ、そう言うふうに書いてるんだから勘違いするよね、という感想。
 長々と講釈たれた数字の暗号も特に生かされないせいで、ページ余ったのかな……と邪推してしまう。

36.『めでたい日』☆☆☆☆★

 こういう話好き。私は「悪者が改心して、昔培ったスキルをここぞというタイミングで生かす」展開に弱いのだ。
 この本に乗ってるいい話系の中ではダントツで好きかな。

37.『吐く人』☆☆★★★

 三月の午後、部屋着姿の老人がマンションの三階の雨どいにしがみついて動けなくなっているのを通りがかった子供連れの男性が発見、無事消防隊によって救助された。しかし、ショックで老人は一時的な失語症となり、老人の行動の理由については誰にも分からなくなってしまった。マンションの住民たちがさまざまに噂するが、真相は……。
 最後のシーンで怒涛のごとく情報が明るみに出て意外なオチを迎えるが、あまりにごちゃっとしすぎていて脳がついていけないうちに終わってしまった。色々ツッコミどころはある気がするが……とりあえず乾はホモではなくどっちもいける口、いわゆるバイのかな? こんなことになったのは百川に二股しているのがバレたくないという乾の考えのせいだと思うのだが、乾が愛してるのが猿田だけなのだったら百川にバレてもいいしな(というか百川と付き合ってないな)。乾の行動にツッコミどころが多い気がするが、全部「クスリの副作用のせいで思考が正常じゃなかった」と言われたらどう返しようもないのが悔しい。

38.『体は覚えている』☆☆★★★

 最後の一行でスッと落ちて心をざわつかせてくれる良いショートショート
 なのはいいんだけど、ちょっと腑に落ちない部分もある。
 最後の奥さんの反応。アク叔父さん毒殺未遂には関わってないと思われるので、今まさにヒ素によって彼を殺そうとしているのだと思うのだけど、動機が全く分からない。あえて語ってないだけかもしれないが釈然とはしないものが残る。また、セリフの内容も、なぜ今の話ではなく死んでからの話をするのだろう。検査したらわかると言っているのだから、もしヒ素を盛って殺そうとしているのなら、一番危険なのは今病院に駆け込まれることだろう。もしかして、本当にアク叔父さんの毒殺未遂に関わってたのか? いや、それは荒唐無稽すぎる解釈だ。

39.『まだらな殺人者(マーダラー)』☆☆☆☆☆

 タイトルが好き。確か、初読の際もこれを一番か二番に好きだと推していた気がする。印象深い作品。
 が、改めて読むと、マーダラーに繋げたいがために「まだら頭」という単語を捻り出しているのが、タイトルのために頑張ってこさえた感じがして苦しい。
 唐突ではあるもののあっと驚くような意外性のある展開はやはり面白い。警察に突き出せない理由としても納得感がある。

40.『足の悪い入院患者』☆☆☆☆★

 勤めていた病院を辞めた私は、身の振り方を考えようと南国に行く。そこで友人である岸が旅館を営んでいたからだ。しかし、あいにく岸は旅行中で不在、旅館自体も満室で泊まれない。仕方なく私は別の民宿に泊まることにしたのだが、そこで著名な映画監督と間違われる。それを利用していい思いをしようと、自分をその映画監督と偽ることにした。
 私が怪我をした理由や民宿で知り合った財界の偉い人が飛行機内で心臓発作になり、居合わせた医大生の処置により一命を取り留めたこと、さまざまなことが単純な論理で一本に繋がるのが見事。単なる岸の類推でしかないが、辻褄の合う筋の通った推理に心地良さを感じる。
 あえて難癖をつけるなら、心臓発作をそんな簡単にコントロールできるのかという点と、「調理師として働いていた」という脇道に逸れた設定は必要だったのかという点。前者は医大生がグルならば毒でも盛ってから解毒して、「あれは心臓発作でした」と言い張ればそれを疑う人はいないかもしれないので、考えようによっては不自然じゃないか。後者は蛇足だった気がする(本当に医者として働いていたことにしてしまっていい気がする)が、主人公の軽い性格、妙に前向きな気質を補強する意味はあるか。

41.『寝床あるいは落語男』☆☆☆★★

 脚本家志望の城戸は、話術を磨くため独学で落語を練習している。それは悪いことではないが、城戸の落語は絶望的に下手なのであった。加えて声がよく通る。そのためアパートの隣人たちはみな、辟易としていた。ある日、隣人の美人な女性が城戸の部屋を訪れた。憧れの女性に、あなたの落語を聞きたいと言われ、舞い上がった城戸は女性を部屋に招き入れ、早速一席ぶつのであった。
 耳障りな落語の声をカモフラージュにして、騒いでも周りに気づかれないようにしつつ「裏切り者」をリンチにして「ブツ」を吐かせる、というなんともユニークな話。
 それ自体は悪くないが、そも城戸の声はよく通るだけで声量がとてつもないわけでは無いので、さすがに騒いだらバレるのでは……と思う。最近は城戸の落語が始まると周囲の人はみなテレビの音量を上げるということだからそれを狙っているのかもしれないが、それにしたって確実性が皆無な話だ。全員が全員、テレビを見ているとも限らないだろうし。また隣に住んでた美人のお姉さんが悪者とグルというのも唐突だし、彼女が読唇術の達人というのも唐突。もともとアパートが悪者達の巣窟なのか? 後者もそれならそれで城戸とのやり取りのシーンで伏線が張れそうなものだが……。
 タイトルにもなってる落語『寝床』は何かにかかっているのだろうか?

42.『被害者は二人』☆★★★★

 これもよく分からない話。
 そのまま読むと、男が痴情のもつれ(あるいはこの場合はストーカーに近いのか)から誤って女性を殺してしまった、それだけの話だが、それだとあまりにも何もなさすぎる。
 彼が彼女に「あいつをやった」と告げた時の彼女の反応がやや不自然なのは気になるが、それが何故なのかは明かされないまま終わってしまう。最初は「私があいつを殺したのだから、彼があいつを殺せるはずがない」みたいな倒錯した話かと思ったし、それだとタイトルにもぴったしだと思ったが、結局そういう描写も出てこないので荒唐無稽に過ぎる、さらにいうと最後は被害者は三人に増えることになる。
 彼女がさっきまで一緒にいた相手が「あいつ」だったから、彼に「あいつ」を殺せたはずはない、という話だったらもう少し辻褄があう話になるが、その描写もやはり出てこないのでこちらも妄想の域を出ないし、そして被害者は彼女一人だけになってしまう。謎。

43.『ペット探偵帰る』☆☆★★★

 よく分からないというか雑然としてまとまりのない話というか。ペット探偵という、一見名探偵っぽいキャラを出しておいて、生かせないまま退場というのも勿体無い。ある意味でそういう名探偵が出てくるような推理小説へのアンチテーゼと見るのはいささか穿ち過ぎか?
 雑然としていると感じるのは、結局過去の愛犬の事故死に姉は関係があるのか、というのとそれらとアホ君の殺人事件はペット探偵やら姉の過去の犯罪に関係があるのかというあたりにかっきりした答えが出てこないこと。前者は分からないが後者は、全く関係のない人がやったってことでいいのだろうか。単純に「思い出したくないことを思い出してしまう」というトピックを引き摺り出したいためのトリガーってことで。
 結局、ペット探偵は悪くないのに可哀想な目にあっちゃう後味の悪さがこの話の妙味ということなのだろうか。

44.『赤い○(わ)』☆☆☆☆★

 なんでもくじで決めようとする先輩と、くじを引くと必ずハズレを引いてしまう後輩の話。
 一瞬種を見破って、後輩が勝った、と思われてからの二転するオチが切れ味がよくて楽しい。シンプルに面白くて、好きな話だ。
 ただ、やはりツッコミどころはある。結局、先輩はどういうイカサマをしていたのか。単純に当たりを二つ用意して、なんかうまく後輩に当たりの方を引かせて、自分は当たりを引く、ってことか? そんなのが何回もうまくいくか? そしてうまくいったとして何回も騙される後輩が少し迂闊すぎないか? くじを後輩が用意する、と一言言えばそれで目論見はご破産だし、相手がくじを引いて開くのを見届けるだけでも手の動きから気付きそうなものだけど、一回も見抜けなかったのか、後輩は?
 もう一つ、何かこれから大きな賭け事が行われるよと予告するだけで明かされないオチは、ちょっと冷める。それを示唆する何かがあるならまだしも、それなしでお手軽な壮大感を出そうとしても興ざめになってしまう。

45.『おにぎり君がいっぱい』☆☆☆★★

 大学時代の先輩から、私の勤めている出版社に電話があった。その先輩には新人賞の下読みをお願いしていたのだ。
 その先輩が言うには、下読み原稿におかしなところがあるという。曰く、特徴的な子供がすべての小説に出てくるのだ。果たしてどういうことか。
 こういう謎は大好きなので、楽しく読んだ。舞台設定だけで言えば、60作品の中でも群を抜いて好きかもしれない。ミステリ的な意味での謎とは少し趣が違うかもしれないが。
 ただオチがいまいち納得感がない。話を整理すると、『ゴチ』の作者はおにぎり君の知り合いの子供であり、その知り合いを毒殺する推理小説を書いて出版社に応募し、人気を博して出版、名作推理小説として人気になる。その後しばらくして、ある選考委員が講演会で、印象的な脇役として、おにぎり君を取り上げたことにより、話に尾ひれがついた結果、おにぎり君を推理小説に登場させれば最終選考まで行けるという噂に発展し、それを真に受けた人たちがこぞっておにぎり君を登場させた推理小説を出版社に応募することになる。その中にはおにぎり君を登場させるだけでなく、毒殺の手口をまるまるパクった推理小説が混じっている。出版社にその毒殺の手口をパクった小説が届いた一ヶ月後、去年のクリスマス、『ゴチ』の作者は自分の知り合いである本当のおにぎり君を、『ゴチ』に書いた手法と全く同じ手口で毒殺。ということになる。実際には『ゴチ』がどういう話かは書いていないが、そうでないと色々と辻褄が合わなくなるので、そういう話だと思う。
 そうすると明らかなツッコミどころが多くなる。一つ、『ゴチ』の作者は、知り合いの子供を毒殺するというあまりにも悪趣味な小説を書いていたことになるが、どういうつもりで書いたのだろう、周りは止めなかったのか。少なくとも子供の両親は目の色を変えて怒りそうなものだが。二つ、もし『ゴチ』の作者が最初からおにぎり君に殺意を持っていて、最終的に毒殺するつもりだったならそれをどうして推理小説にしてしまったのか、それを応募して出版までしてしまったのか。あるいは、推理小説を書いたあとにおにぎり君に殺意を持つに至ったのなら、何故名作推理小説として世に知れ渡った手法を使ってしまったのか。三つ、警察がここまであからさまな模倣犯(この場合模倣犯と呼ぶのか?)に対して、三ヶ月も犯人逮捕に至れずにいたのは何故なのか。加えて、ツッコミどころというわけではないが、有名推理小説の手口をまるまるパクったものを応募してきたやつは何を考えているのだろう。そういう人、実際にいそうではあるけれど。
 また、先輩が最後、厭そうな顔をする理由がよくわからん。

46.『覆面の依頼人』☆☆☆☆★

 45に続いて、魅力的な話。こちらは、45に比べたらツッコミどころも少なく、話が破綻せずにまとまっている印象。「死刑にならないのなら、いっそのこと無罪にしてしまったあとに自分の手で……」というのは倒錯的ながら筋の通った理論である。実際、敵の多い人にとって、刑務所の中はこれ以上なく安全だろう。
 しかし、☆4止まりなのは、あと少し工夫すればもっと面白くなるだろうに、という要素がちらほらあるため。
 例えば、「俺」の行った殺人について詳しいことは何も書かれていないこと。必要ないから描写しなかった、というのが作者の言い分だろうが、きっかりとした描写がないせいで、読者の私としては心の置き場所に困るというか。「俺」が行ったのが残忍極まりない殺人なのだとしたら当然、「俺」に対して反感を持ち、しっぺ返しを期待しながら読む。逆に「俺」の行ったのが不可抗力であり、同情の余地があるならば、「俺」に対して感情移入し、このまま何もなく終わることを望みながら読む。事件についての描写がないというのはそのどちらの立場に立つこともできないということで、どこか遠巻きに眺めるしかできず、本来なら驚くようなオチに対しても自分とは関係ない誰かの物語を外から眺めているだけの、冷めた感慨しか抱けない。
 事件を描写するための紙面が足りないというならば、「<彼ら>は劇団ではなく、怪しげな宗教団体なのではないか」のくだりはまるまるカットすればいい。実際、無駄に感じるし、ないほうが最後のインパクトがより強まるような気さえする。

47.『追われる前に逃げろ』☆☆★★★

 印象が曖昧で、面白さのウェイトがどこに置かれているのか判然としない話。
 この話を一言で言うと? と問われた場合、三つ思いつく。「心配性の強盗の話」「注意力の足りない強盗の話」「どうでもいいようなミスが銀行強盗を未然に防いだ話」。そのどれもの要素を含んでいる話なだけに、作者はどの要素を一番読ませたいのかがよくわからなくて印象に残らない。
 「心配性の強盗の話」を書きたいのだとしたら、徹頭徹尾福沢のキャラだけを異質にすべきなのだ。相方の野口はとことん普通の常識人にして、読者に野口目線で話を観察させ、福沢に対して「そんなに神経質になる意味ある?」という疑念を抱かせ、でも最終的にその神経質さが強盗を成功させました(失敗を回避しました9というオチにすべきだ。だが、実際の野口は普通でも常識人でもない。うかつもうかつで、自分の熊みたいな図体をリスクに含めてなかったり、『メロンクリームスパゲティ』なる奇異の目で見られるようなものを犯行前に平気な顔で食べていたり。そもそも行きつけの店の近くの強盗を襲うのも計画性がなさすぎる。さらに言えば、オチを、「野口が極端な心配性だからこそ強盗に成功した」あるいは「野口が極端に心配性なせいで強盗に失敗した」のどちらかにすればより皮肉が利いて面白いところを、全く別の方向性から「たまたま雑誌が誤植していた」という面白みをさらに加えて濁している。これでは話の核がどこにあるのか判然とせず、話自体が空中分解してしまうのではないか。
 種々の要素だけ見たら魅力的なだけに残念。

48.『ちゃんと聞いてる?』☆☆★★★

 またもや、ミステリなのかホラーなのか不思議な話なのかわからない話。
 この作者、二転三転させるオチ好きだなあという感想。なんとかして驚かせてやろうとする姿勢は大切だと思うが、その姿勢のおかげでもっと綺麗に終われるはずがこじれてしまった話が、結構な割合であるように見えるのだけど。この話はまだシンプルな方なので、その点は良いが。
 野暮かもしれないが、何故主人公は幻聴を聞いたのか。ここに毒キノコが絡んできたら面白いが、そういう描写もない。意味深な単語、マニャーナも特に意味はなさそう(メキシコあたりの言葉で「また明日」みたいな意味らしいが、関係はないだろう)

49.『弁護側の秘策』☆☆☆☆★

 ある日、彫刻家の千田の家に、彼の友人である浜の弁護士を名乗る男が訪ねてきた。弁護士が言うことには、浜の奥さんが一昨日何者かに銃殺されたという。詳しい話を聞くために、千田は弁護士を家に上げることにしたが――。
 流石に49話も見ると話をある程度類型化できてしまい、この作品も前半を見るだけで大体のオチの方向性は予想できてしまったが、それでも弁護士の手際がなんとも鮮やかで、なるほどうまいなあと舌を巻く。無駄がなくそれでいて世間や警察の眼を欺けそうなやり口。
 ただいくつかもやっとすることはある。一つは浜の奥さんを殺したのが誰なのか明確に示されないこと。想像するに、こういうことだろうか。浜が奥さんを殺してしまったが、例の記憶喪失により忘れてしまう。それを利用して、浜が殺人の罪をかぶらないよう弁護士が奔走している。
 だが、いっぽうで、浜の記憶喪失を良いことに弁護士が奥さんを殺してまんまと逃げおおせようとしている、という筋書きも成り立つ。
 前者は、浜のために弁護士がそこまで尽力するメリットはなにかという点に疑問が残るし、後者は、奥さんと弁護士の関係が描かれないせいで弁護士が奥さん殺意に説得力が生まれない。どっちにも取れるふうにしてあるのだから、好みの問題かもしれないが、個人的にはもっとスパッと示してほしい。  そしてもう一つは、千田と浜の問答は何だったのか、ということ。最初から殺すつもりなら、変に協力を持ちかける意味はない。あるいは千田がもっと協力的だったら、最初の問答のとおりにアリバイ作りに協力させるだけで命は取らなかった? それも千田の、問答から殺人に至るまでのスムーズさを見るに最初から殺すつもりだったような素振りにしか見えず、苦しい解釈である。

50.『マスター ありがとう』☆☆★★★

 いや、そうはならんやろ、というオチ。
 マスターが言った「自分の気持に正直になったらいかがですか」という言葉を勘違いして……というわけだが、勘違いできるような要素が少ない。もちろん、「腹を割って話し合え」という類の台詞をマスターは一言も発してないのでそれが落ち度だとは思うものの、それにしたって殺人教唆と受け取れるような話もしていない。これが、アンジャッシュばりの綺麗なすれ違い劇でも展開されてしまえば、膝の一つでも打って感心しようものだが、そういうとんちが利いてるわけでもない。ただ、マスター可愛そうだなあ、としか。
 また、バー<レニ>は25.『世界で一つだけの』の舞台なので、マスターもそれに続き続投だが、別に設定を引き継がなくても成り立つので、無理に舞台を揃える必要があったのか、正直謎。前回、私はマスターの恋人が殺されたと推理したのだけど、この話では室蘭出身の奥さんと結婚してるし。設定を引き継がせるごとに、ただただマスターの心労が増えていく。

51.『孫が大変なんです』☆☆★★★

 詐欺に遭いそうになった老婦人。たまたまその近くを通りがかった「私」は見過ごせずに詐欺電話を撃退する。だが、「私」こそがそれよりももっと大きな悪徳組織の一員で――。
 今まで何回かあった、いい人そうに見えた奴が実は一番の悪役だったパターン。流石に慣れたし飽きてくる。
 また締め方も、何か大きなことを匂わせて終わるという作者の癖ともいうべき終わり方でこれも食傷気味。おそらくその悪徳組織とは「国」そのものって言いたいんだろうなあと想像はするも、結局だから何? という話である。他でも言及した通り、言うだけならなんとでも言える。

52.『自首しないと言ってくれ』☆☆☆★★

 これも「こういうオチになりそうだな」と思った通りになったのが残念だけど、それはそれとして構図が面白く、嫌いではない。
 こういう感想が正しいのか分からないが、石田が可哀想。事故を起こさないのが一番ではあるが、いざ事故を起こし、同じ立場に立たされたらどうするのが正解なのか、考えてしまう。自分は罪を告白して償いたいが、他の人への影響を考えるとそれができなかったり誰かに恨まれそうだったりという場合、自分だったらどうするだろう。
 石田は、今までのやり取りからこの夫婦に見切りをつけてこっそり自首すべきだったかな。その場合、出所したタイミングで何か報復を受けそうだけど。そもそも石田の性格からして黙って自首するのはできないか。

53.『合わせる顔がない』☆☆☆☆☆

 とある図書館で司書が一人辞めた。馬田という男だ。当初、自分探しにでもいったんじゃないかなどと噂されていたが実は警察に家宅侵入で捕まっていた。すでに釈放されているものの、狭い町で噂になってしまって顔を合わせづらいということで街から出て行ってしまったらしい。しかしその裏には真意がまだ隠されていた――。
 大きな悪事を隠すために小さな悪事を大っぴらに行う、という発想はとても好きで、それゆえにこの話も好き。うまく聞き手の心理をついて罪を誤魔化してる感じ。まあ、たまたま今回は明るみに出てしまったが。話の脇道として語られた車上荒らしが最後につながる構図も見事。

54.『命の恩人』☆☆☆☆★

 明日飛び降りようと思っているビルの下見を済ませ通りに出ると、平と会った。大学以来だから二十年ぶりの再会になる。声をかけて、近くの店に入った。見知らぬ他人ではなく、今のおれを知っている知人でもない彼は、おれが最後の夜を一緒に過ごすには絶好の相手だと思ったのだ。
 自殺しようと思ったら、たまたま久しぶりにあった友人も自殺しようと思ってた、という話。これも皮肉が効いていたり構図が面白かったりして好きな話だ。自分の悩みを平が気づくことはなく、逆に平の不審な様子についぞ気づくことはない。お互い逼迫した状況だろうから仕方ないにしても、もう少し歯車がうまく噛み合っていたら、あるいはずれていたら運命は変わっていただろうか。もしライターを平に渡していたら、平は死ぬのを辞めただろうか。その代わり翌日死んでいたのは「おれ」の方になっただろうが。
 好きだけど星4なのは、平の死がなんらかの影響で「おれ」が死ぬのを踏みとどまった、みたいなオチになっていたらもっと綺麗だっただろうなと思ってしまったから。いちおう「おれ」は翌日死に損なったものの、別の場所で別の日程に死のうと思えばできてしまうわけで、死ぬのを辞めたわけではない。「あの時と違ったものが見えてきた」という一文が結びになっているが、そうではなく明確に平の自殺が「おれ」にどういう影響を与えたのか、その描写が見たかった。何かしら思うものがないとなれば、いよいよ平が浮かばれない。

55.『忘れるはずがない』☆☆★★★

 私の運転するタクシーに一組の男女を乗せた。そのときは気づかなかったが、女が男に話しかける特徴的な声を聞いて思い出した。因縁の相手だった。降ろすときに一言恨み言を言ってやろうと思っていたが、彼らの豪邸を見たとき、気が変わった。もっと不幸にしてやらないと気が済まなかった。
 そうはならんやろ、という話。回りくどいことをしてる割に、あんまり意味ない上にリスク高くない? 目的は屈辱を与えることと金を使わせることだから、あえてこういう回りくどい方法をとったのだろうけど、やっぱりここまでやるんだったら普通にヒバリ誘拐して金を使わせる、でいい気がする。作中の方法を使えば発覚しても罪が問われない、というわけあるまいし。麻酔薬の量が少ないせいでいびきをかいた、という理屈も謎。眠りが深いと人っていびきかかないの? 関係なくない?

56.『インターセプト』☆★★★★

 隣に座っていた五十代くらいの男女が電車を降りたので、私も続いて降りた。追いつき声をかけ、文庫本を男に渡す。「落ちてましたよ」しかし、それは私の手癖で思わず盗ってしまったものだった。
 よく言いたいことが分からない話。
 無駄に凝っている、五十代男女の関係の設定。自分が来ている黄色の目立つスーツ。よく似たスーツを着てトイレに駆け込む男。同じ格好で揉めている光景は嫌だという謎の理屈。ホームでつまずいた何か。背中を押した誰か。
 意味慎重なアイテムや設定が散りばめられ、回収されずに放置されている感じ。これこれこういう話だろうか、と類推することすら難しい。人のものを失敬して悪びれない主人公もどういう倫理観してるのだろう。

57.『フリーキック』☆☆★★★

 日曜の朝早く公園に散歩に行くと、サッカーボールが落ちていた。誰かの忘れ物だろうか。なんとなく軽く蹴ってみた。無心で蹴っていると、こうやって鬱憤を晴らすためにひたすらボールを蹴っていた頃のことを思い出す。ふと気づけば十歳くらいの子供がこちらを見ていた。
 ミステリと銘打たれていなかったら、こういうひょんなことから始まるおっさんと子供の交流って好きなシチュなんだけど、ミステリだからなあ。その目線で見ると、結局なんなんだこの話、ってなる。特にオチがついている感じもしない。いくつかある、いい話っぽい系の話。突然挟まった「母親を殺して父親が逃亡」という妄想もなんの意味があったのやら。

58.『言いがかり』☆☆★★★

 夫婦である弥々と光一は中華料理屋を訪れていた。光一のグラスにビールを注いであげたが、一口飲んだだけでグラスを置いた。「注文の時、あんまり変なこと言うなよ」光一は、弥々の言いがかりに近いわがままな注文に常々辟易としていた。
 後味悪いなあ。
 弥々の行動はどこまで演技だったんだろう。頭の悪い言動が全部が全部演技だったとしたら相当長い間続けてないと夫は騙せないと思うが……そもそも殺意というか害意は何が原因なんだろう。この話もそうだが、どうにもトリックの二転三転に始終するあまり動機的な部分が疎かになりがちな気がする。今回の件に関わらず、常に自分のやることにケチをつけてくる夫に嫌気がさしていた、とかが動機だろうか。それなら離婚しろよって思うし、このレベルで常識がない行動を繰り返しているのだとしたら、夫だけじゃなくて他の友人や家族とも諍いは絶えないと思うのだが、今までどうやって生活してきたんだろう。  

59.『向こうで待ってる』☆☆☆★★

 ぼくはベンを連れて、奈津さんと公園に来ていた。奈津さんの手には、奈津さんのペットだったプードルのレイアの遺灰が入った小瓶。ベンが好きだったレイアは、心臓麻痺で亡くなっていた。待っていてくれレイア。悪性腫瘍に蝕まれ、余命幾ばくもないベンもすぐに向こうに行くから。
 こういうオチになりそうだなあ、がそのまま素直に反映されており、驚きは少ない。が、話の流れが綺麗で最後の一言でうまくオチている感じが好感。奈津は、なぜレイアが死んだか気づいていたんだろうな。気づいてなくて、単純に「ぼく」と同じことをたまたました、ってのも面白いとは思うけど。

60.『懐かしい思い出』☆★★★★

 小学校卒業以来初めて、三十年ぶりにその海沿いの小さな街を訪れた。やけに蒸し暑い夜。誰もいないバス停で立っていると、後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、額のひろい骨張った体つきの男が立っている。「久しぶりだな」と親しげに話しかけてくるが、困ったことに相手のことを全く思い出せないのだった。
 意味がわからない系、その極地みたいな作品。まさかこういう話を最後に持ってくるとは……。
 赤丸、黒木、緑川と、登場人物に色の名前が入っているからそれが謎を解くヒントになるかと思いきや、最後に明かされる主人公の名前は「等々力(とどろき)」で色がつかない。逆に等々力という珍しい名前がヒントになるだろうか、最後になるまで明かされないし、と思ったけどなんの意味があるのか皆目見当もつかない。
 知らない人に親しげに話しかけられるというシチュエーションは恐怖演出としてなかなか秀逸でゾッとする話ではあるので、まさか本当にホラー的な作品なのか? いや、これミステリ短編集……。

感想まとめ

 事件発生から解決まで4ページのハイスピードミステリ掌編集。

 ただ、ミステリとは銘打ってあるものの、やはり4ページ程度の文章量では「事件が起こってそれを名探偵が解決」という、いわゆる普通のミステリの流れを完全には表現することは難しく、結果として、王道から外れた奇抜な発想の作品が多くなる。具体的には、叙述トリック、意味がわかると怖い話、世界観が独特な不思議な物語などだ。そのため、ミステリとして読もうとすると、4ページの文量も相まって物足りなさを覚える。が、それゆえに、どういう方向性で攻めてくるか予想を立てるのが難しく、飽きさせない構成になっていて面白い。

 しかし、60本もあり方向性もバラバラとなるとどうしても読み手(私)の好みに合うものと合わないものが出てきてしまい、結果として玉石混淆の感が否めなくなってしまったのが残念。

 特に途中から、明らかに、私にとって「石」に見えてしまうような奇を衒った「気味が悪い話」や「いい話」が多くなり、ちょっと飽きてしまった。4ページミステリなのだから、ミステリ一本槍で最後まで頑張ってほしかった。難しいかもしれないけど。

感想の感想

 やっっと書き上がった。
 ずっとブログ作ったら書こう書こうと思っていた読書感想文、その最初はとてつもない難産でした。くっそー蒼井上鷹、めちゃくちゃ五十音順の最初に位置しおって。電話帳の引越し業者か。

 ともかく、この形式での感想文は二度とやらないと思います。60本の感想書くのはめちゃくちゃ長いし、どうしても揚げ足取りというか粗を探すというか、負の感情多めの感想になってしまう。人間は褒めるより難癖つけるほうが何倍も楽、というのを思い知りました。面白かった作品をピックアップする形式にすればよかった。
 ただ、時間(と周りの人)が許すのであれば、自分の中のもやもやを言語化するというのはそれはそれでスッキリするし、ある種の面白さはある。うーん性格悪いな。

 ずっとこの記事を書いては消し、を繰り返していたので、感想文書きたい本が溜まっている。読書ペースに対して筆が全然間に合ってない。再読したのにもう感想忘れてる奴もある。再再読しないと。